名古屋に引っ越す前、東京在住時に自転車で到達した東海道の最西点は焼津である。従って、名古屋から焼津までの区間は早めに自転車で走破しておきたいと思っていた。さすがに一撃で攻略することは不可能そうだが、どうだろうか。
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自分のなかでは冬の自転車で真っ先に思い出すのは静岡県だ。ちなみに次は千葉県である。温暖であり、積雪や凍結の心配が少ない。真冬にもかかわらず、第22回、第23回では快適に走行できた。 今年も静岡のシーズンがやってきた。今回は第35回に到達した豊田を起点として東海道を東進する。浜松、掛川、焼津、静岡あたりが到達目標になるが、どこまで走れるだろうか。9:40に豊田市駅を出発した。
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R248を南下するとトヨタの中心部を通過する。写真はトヨタ町の交差点。このすぐ南で旧道っぽい道を発見したのでそちらへ進む。 |
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現R248の葵大橋で矢作川を渡って岡崎市へ。旧R248はより下流の天神橋を渡ると思われる。 こちらも旧道のr39を南下して岡崎市の中心部へ。
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R1との交差点を左折し、静岡方面へ。R1のおにぎりはさすがの存在感。 空腹になったのでコンビニで休憩し、10:45に出発。
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岡崎からずっと現道を走ってきたが、藤川宿の辺りでは旧道がr327として残っておりそちらを走行する。やはり旧道の方が圧倒的に走りやすい。写真は藤川宿の松並木。 |
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再び現R1へ。静岡136 kmの青看を見てげんなりする。夏だと不可能ではないが、真冬にこれから136 kmはムリゲーくさい。 |
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本宿を通過してさらに進むと、今度は旧道がr374として分岐する。 ふと振り返ると、何でもない小さな交差点に道路情報標識が立っていた。ここは旧R1から旧r73が分岐する交差点である。
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御油の松並木。 |
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追分の交差点で現道に合流。ここの追分とは、東海道から姫街道が分岐する追分であることを意味すると思われる。今日は姫街道r5に向かう。 交差点にマクドナルドがあったので昼食休憩。ちょうど12時に出発。
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豊川市内のr5をひた走る。折角なので少し寄り道して豊川稲荷の正面を通り、写真の豊川稲荷駅前へ。この先で再びr5に合流。 |
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R151を横切って直進。この先はR362だ。国道らしく、主要地点までの距離を示す青看が早速現れた。まずは本坂トンネルを目指して進む。 |
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豊川を渡る当古橋。写真は上流方面を望む。 |
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前方に山並みが迫ってきた。本坂峠は写真で見える範囲のどこかにあるはず。 |
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嵩山の集落に入ると旧道が残っている。もちろんそちらを選択。 |
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左手に古道の姫街道が分岐する。大正時代に開通したと思われる車道は右手だ。 |
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現時刻は13時過ぎ。集落を抜け、峠道となった。 |
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路肩弱しのびっくりマーク。現道の本坂トンネルはS53に開通したが、H20までは有料道路だったため、この道はH20まで国道指定されていた。そのため、旧道とは思えないほど新しく整備された区間が存在する。 |
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延々と一直線に続く旧道。この直線路の印象は強い。 |
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このように待避所も備わっており、この道が地域の交通において重要な役割を担っていたことがうかがわれる。 |
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さらに進むと、大物の隧道が現れた。T4竣工の本坂隧道だ。標高は約280 m。本坂峠の直下を貫き、愛知ー静岡の県境を跨ぐ。 写真を見るとまず目に付くのは、T4竣工とは思えない広幅員だ。戦前の道が思いのほか広幅員な場合には、ほぼ必ず軍事道路と言っていい。この道も、海際を通り攻撃を受けやすい東海道を補完する道として整備されたのだろう。坑口は焼過煉瓦で覆われており、大変豪華で美しい隧道といえる。伊世賀美隧道と並び、愛知県の誇る全国区の古隧道だ。
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内部も完全なる煉瓦巻きである。この隧道の問題は、心霊スポットに認定されてしまっているおかげで良からぬ来訪者が多く、落書きだらけとなってしまっている点にある。この点も伊世賀美隧道とよく似ている。 |
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三ヶ日側の坑口。こちらは坑口にも落書きが存在する。何とか消せないものだろうか。 |
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坑口付近に立つR362のおにぎり。かなりいい味を出している。 ここから先は浜松市、旧三ヶ日町のエリアである。名古屋に引っ越してから初めての静岡県だ。
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三ヶ日側の峠道を一気に下る。途中このような大規模な切通しを抜ける。斜面の両側は石垣に覆われているが、T4当時の石垣ではないように思う。 |
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現道に合流し、一直線に下る。はっきり言ってこの直線路を上るのは嫌だ。豊川側から挑んで正解だった。 |
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三ヶ日の市街地に下ってきた。浜名湖が見える。静岡県にやってきたことを実感した。 |